さよならソーセージパーティー

考えることと日々の記録

オーデュボンの祈りの感想

東日本大震災があったあの日に読みかけのまま流されてしまった小説。

そんな理由で6年以上も中断していたこの本を、やっと読み終えることができた。

ずっとモヤモヤしていたので、本当に嬉しい。

 

主人公の年齢が年上になっていたのが地味にショックだった。

6年の重みを感じた。

 

舞台は孤島で、カカシが喋ったりする非日常の世界観に没頭することができた。

久しぶりの読書なので読了に時間がかかるのではないかと心配だったが、そんなことはなかった。

 

伊坂幸太郎の作品は何個か読んできたが、その中では一番面白くなかった。

他の作品に見られる、最後の伏線回収のたたみ掛けのスピード感が弱かったと思う。

 

なんにせよ、あの日で止まっていた小説を読み終えられたことは感慨深い。

 

 

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

 

 

マイブックを日記帳にしてみた

元旦から日記を書いている。

昨年末からインフルエンザにかかり正月三が日もずっと寝ていたので、内容的にもモチベーション的にも出鼻をくじかれた感じだ。

熱で朦朧とていた日があったにもかかわらず、今日まで日記を続けられたのは我ながら偉いと思う(といってもまだ二週間弱か)。

 

 

人は何かを2週間つづければ習慣になると、よく聞くがそれは本当だろうか?

よくテレビやチラシの健康食品、化粧品の広告を見ていると「まずは2週間おためし」、「14日分のセット無料体験」等の謳い文句を目にする。これらの広告も、◯日間で人は習慣化できる理論を利用しているらしい。

 

売り手がすすめる期間、商品の使用を継続させることでそれ以降の使用を「無意識の意識」に落とし込むということらしい。

一見赤字寄りに見える、商品を無料で提供するなり、格安で提供するとい初期投資は、長い目でみれば売り手の勝ちということだ。うまくできている。

 

 

このセオリーを意識的にでも、無意識にでも利用した人物が身近にいないので、広告を例にとってその信頼性を考えてみたが、僕は信じてみてもいいのではないかと思っていいる。

 

そうでなければ、多額のお金をかけているであろう広告費用が徒労に終わっているはずだし、僕が物心ついた時から見聞きしているその手のCMを今日も見ていることがそのセオリーの信頼性を僕に保証しているからだ。

 

というわけで、あと2日間。ここが山場だ!というほどの気合の入れようではないにしろ、週末の飲み会で酔いつぶれて日記を書きそびれることのないよう気をつけたい。

 

 

マイブック: 2016年の記録 (新潮文庫 ん 70-18)

マイブック: 2016年の記録 (新潮文庫 ん 70-18)

 

 

 

ベッキーとゲスの極み乙女の川谷絵音について

先ほどツイッターを見ていたらタイムラインの自称邦ロック好き()の女子たちが、わー、わー騒いでいたので何事かと思ったらどうやらこのニュースについてらしい

 

先日紅白に出場し歌詞を飛ばしたことで話題になったばかりのえのぴょんこと川谷絵音だが、年明け早々新たな話題をぶち込んでくるとはさすが飛ぶ鳥を落とす勢いのバンドのボーカルである。

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紅白歌合戦:歌詞ぶっ飛んだゲスの極み乙女。「録画絶対見ない」 - 毎日新聞

 

さて、熱愛報道の相手があのハーフタレントのベッキーという点も話題性があるが、

女子たちが騒いでいるのはどうやらそこではないようだ。

そう、えのぴょんこと川谷絵音既婚者だったという点である。

 

あれだけツイッターはもちろん、ライブMCでもいけしゃーしゃーとモテナイ発言をしておきながら(モテるモテないは本来既婚か否かには関係ないが、既婚者は普通そこに執着しないのでその発言自体しない)、昨年の夏に結婚していたというのである。

 

相手が一般女性ということしか今のところわかっていないが、ベッキーとの熱愛報道、さらには、すでに彼が結婚していたという二重の衝撃ニュースである。

 

っていうか、それって不倫じゃね?マジでゲスの極み!(言ってみたかっただけ)

僕の中で川谷絵音はロックミュージシャンとして株を上げた。その世間との不和と欲望がロックだなあと思うからである。今後の2人の活躍に注目したい。

嫌われる勇気

本屋が好きで、どこか知らない土地に行っても目に入れば立ち寄る。

どの本屋に行っても、青くて和紙のような変わった質感のこれが置いてあった。

 

嫌われる勇気

嫌われる勇気

 

 

タイトルも気になった。

嫌われたくないのが普通なのに。

目を引くようなキャッチコピーやタイトルで中身は大したことのない、

思考停止者ホイホイ系の本かなと思い敬遠していた。

 

だけども、あまりに色んなとこに置いてあるし、

被災地の小さな仮設図書館(陸前高田コミュニティー図書館)にまでもあるもんだから、毎回出会って鬱陶しいなあと、ため息をつきながらも読んでみることにした。

 

要約すると、

他者の課題と自分の課題を合理的に区別し精神的に楽に生きよう

ということだと思う。

人間の悩みの原因は突き詰めると対人関係に帰着するということを理解したうえで、

本書の生き方を実践すればそれは可能かもしれない。

 

 

ただ、そこには必ず他者から嫌われる可能性が付きまとう。

 

 

では、どうすればいいのか?

嫌われる勇気を持とう。

ということだ。

キャッチーなタイトルで購買意欲を煽る本かとおもいきや、そうでもなかった。

そういう意図が見えなくもないが、純粋に本の主張をタイトルにしたとも言える。

 

具体的な方法論、勇気の持ち方については詳しく書かれていないが、

アドラー心理学をさらに知りたいと思わせられた。

 

 

 

 

 

 

春の海霧

すっかりあったかくなった今日この頃。

桜も散っちゃって、桜と海辺の間の地味な時期になった。

落ち着いた時期というか、ギラギラまでの助走期というか、そんな時期。

 

前の記事から時間が開いて、それなりにいろんな事があり浮き沈みもしたけれど、

今の季節と同じような心理状態だ。落ち着いているけど、希望は秘めてる。

 

海面にガスがかかって、そこに温度差を知覚できる。

同じように、人間の行動と心理との差は、ギャップは、ジレンマもちゃんと現れてる。

 

 

幻想的な海霧ならばいい。美しい。

人間のそれはどうだろうか。僕は嫌だな。

 

 

かっこよくなりたい。

 

K.K

幸せなんて知りたくないよ

普段意識していないことを、なにかのきっかけで意識することがある。

そのとき気づくのが「あたりまえ」という幸せ。

それは、今に、今あるもの、人、環境に対してありがとうを言いたくなる瞬間だ。

みんな多かれ少なかれ味わってるはず。

あなただって、今この記事をきっかけで考えちゃったかもね。幸せだなあって。

 

だけど、

幸せだったなあって思う人は、失った経験があるひとだけ。みんなじゃないよ。

あたりまえが、あたりまえじゃなくなった悲しみを知ってるひとだけ。

知ってるというか、抱えてるんだな。

 

幸せだなあ、

幸せだったなあ

 

後者まで知っている人間のほうが、幸せの真髄を得ていると思う。

 

 

でもさ、

失うくらいなら、ぼくは幸せなんてわからなくていい。

矛盾してるように聞こえるね。

 

K.K

 

 

 

 

 

 

かわいい人

ぼくには弟が2人います。

臆病だけど、どっちも素直で真面目で世界一かわいい。

自分の命より大切なのは今のところ彼らだけ。

結婚して子どもができたとしても、変わらないと思う。

そこに、息子や娘が加わるだけ。ぼくの命より大切なものが増えるってことだ。

 

友達は、これからたくさんできるだろうけど

兄弟はこの世に三人しかいないんだからねって、小さいころお父さんが言ってた。

 

当時は、なんでそんな当たり前のこと言うのかなって思っていたけど、

無意識のうちにそれはぼくの人格形成の背骨になってたみたいです。

 

だからぼくは、一人の男としても、お兄ちゃんとしてもかっこよく生きたい。

 

今日弟は連休だったみたいだけど、帰ってこなくて寂しい。

もうひとりの弟は、相変わらず口だけはいっちょまえに自己改革を掲げていて愛くるしい。

 

明日も家族が、弟たちが健康で楽しく生きれますように。

 

K.K